愛すること(詳細)

愛とは、相手の気持ちを聞き、見返りを求めずに行う、他人のためになる行為で、そうすると自分が心地よい行為で、本能によらないものです。(説明は こちら

<愛されるために>

あなたはどんな人を愛しますか? あなたのことを愛してくれる人を、あなたは愛しますよね。 あなたが愛されたければ、あなたが愛することから始めればよいのです。

情けは人の為ならず」という諺があります。この意味は、他人に情けをかけることは、その他人の為にしているのではない、巡りめぐって自分の為になる、という意味です。あなたが愛することを始めれば、巡りめぐって、あなたを愛する人が現れます

<練習>

人には、他人を愛する仕組みが備わっています。しかし、自分勝手な決めつけ目先の損得などが邪魔をしてうまく愛することができません。これらの邪魔が入らないように、経験を積むことが必要です。いわばトレーニングが必要です。そしてトレーニングをすれば他人を愛することができるようになります。愛の要素の一つずつトレーニングしていきます。

最初のトレーニングは、相手の気持ちを聞くことです。 相手がしてほしいと思っていることが分からなれれば、相手のためになる行為はできません。そのために必要なことは、相手の気持ちを聞くことです。相手の気持ちを推測する能力を身につけることではありません。自分勝手に決めつけないということです。相手の気持ちをきちんと聞くクセをつけることが一つ目のトレーニングです。

次のトレーニングは、相手のためになる行為です。これは内心の問題ではなく外に現れる行動なので、そのように行動すればよいだけです。 相手の気持ちをきちんと聞けば、相手のためになる行為をするのは難しくはありません。自分の負担にならない範囲で、ちょっとだけ相手の為に行動してください。でも、無理はしないでください。無理な時は「ごめんなさい。いまはちょっと無理です」と断ってください。無理をすると心地よくなることができません。

※悪い例※
親が子に『あなたのために言ってるの』と言って怒ることがあります。言葉ではあなたのためと言っていますが、自分の感情や自分の価値観をぶつけているだけです。相手(子)の気持ちをきちんと聞かないと、伝わるものも伝わりません。

その次は、見返りを求めないです。 見返りを求めないようにしているつもりでも、ついつい、心のなかで見返りを期待してしまいがちです。ついつい目先の損得が気になります。うっかり見返りを期待してしまったことに気づいたら、「目先の損得は忘れよう」と思ってください。目先の損得にとらわれると、巡りめぐってくれません。

最後に、心地よいです。相手の気持ちを聞く、相手のためになる行為をする、見返りを求めない、ができたらあと少しです。 人は意識していない物は、そこにあっても、見えません(気づきません)。人には、他人を愛する仕組みが本能として備わっています。心地よい気持ちにならないのではなく、それに気づけていないのです。自分の心の中を見つめて、心地よい気持ちを探してください

<親切>

特定の相手だけを愛の対象にしようとすると、つい見返りを期待してしまいがちです。相手を選ばずにトレーニングしてください。見ず知らずの他人にならば、見返りを期待することもありません。つまり他人に親切にするということです。

<恋愛>

とはいえ、自分の大切な人に愛を注ぎたいのも素直な気持ちでしょう。人も動物なので、有利な条件の相手の子孫を残したいと感じます。これは当たり前の本能です。ですが、二人の間に愛が育まれなければ、長続きしません。大切な相手だからこそ、常に「見返りを期待していないか?」と自分に問いかけてください。「相手が自分のことを愛してくれる」ということを期待すること、つまり「自分のことを愛して欲しい」と期待することも、見返りを期待することです。付き合いだす前に「自分が愛しているのだから、相手も自分を愛して欲しい」と思うのは身勝手なわがままですが、付き合いだしてからもそれは変わりません。

<依存>

「相手が自分のことを愛してくれる」ことを根拠として、自己肯定感(もしくはプライド、自信、自尊心といったもの)を持つことは、愛ではありません。これは依存です。「相手が自分のことを愛してくれる」ことを期待するどころか、大前提としてしまっています。愛と依存は別のものです。

ひとたび相手が自分のことを愛してくれなくなると、自己肯定感の根拠がなくなってしまい、プライドが傷つけられ、憎しみに変わります。が憎しみに変わったのではありません。依存が憎しみに変わったのです。

<子供>

子供が生まれてしばらくは、本能的な愛で子供を育てます。子供の成長とともに(本当の)愛に変わっていきます。

子育てに関しては、特に依存に注意しなければなりません。子供が小さいうちは、相手(子)は自分(親)のことを愛してくれますし、相手(子)は自分(親)の期待に応えてくれます。でも子供も独立した一人の人間です。成長と共に親の期待する通りではなくなります。

「相手(子)が自分(親)のことを愛してくれる」「相手(子)が自分(親)の期待に応えてくれる」ことを根拠として、親が自己肯定感(もしくはプライド、自信、自尊心といったもの)を持つことは、愛ではありません。これは依存です。見返りを期待するどころか大前提としてしまっています。

子育ての間は、親も子も、多かれ少なかれ依存状態になります。親離れ、子離れとは、依存の状態を脱することであり、(本当の)に変わることです。

<大切なこと>

人はつい見返りを期待してしまいがちです。はじめ愛だったものが、見返りを期待してしまい、依存に変わることも多いです。大切なことは「見返りを期待していないか?」と常に自分に問いかけることです。


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